December22
Children's Xmas Party 2007
子供のクリスマス会は準備が大変です。前もっておもちゃの問屋さんで、クイズやゲームの賞品を買ったり、お土産のお菓子を買ったり、教室では大きな模造紙にクリスマスの絵を描かせたり、クリスマスカードを作ったりします。
また、前日は2階のイーゼルや椅子、その他荷物を全部1階に移し、広々したところで雑巾がけ。さてそれからが大仕事。陽子先生と分担して、カラフルなビニールテープを駆使して床にすごろくを作ってゆきます。子供たちのワクワクした顔を思い浮かべながら、「3ススム」とか「モノマネ」とか「ワープ」とか、考えるのも楽しい。「ハナレコジマ」には「シレイ(指令)」が待っていて、「庭の小石を拾ってくること」と書いてあれば一生懸命走って拾ってくる。子供って素晴らしい。
その他壁にみんなの描いた絵を貼ったり、プログラムや歌詞を書いたり、おもちゃ券、なんでもバスケットの座布団を作ったり・・・きりがない。
そして当日はもう全力投球で子供たちと遊びます。@今年は4年生のあかりちゃんが司会をしてくれたので、子供たちは良くまとまってくれました。あかりちゃんも1年生から参加しているから進行が良くわかっていて頼もしいし、成長がうれしいです。
CDはリュウノスケ君とマー君の兄弟がびゅんびゅんこまの作り方と遊び方を教えて、みんなで回しているところです。年中と1年生でもみんなの前でちゃんと説明できましたよ。Bは手品、Fはなぞなぞです。
子供たちが「また来年もクリスマス会に来たい」と言ってくれるのを楽しみに私もガンバリマス。
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December11
「山田世利子水彩画展」始まりました。初日、会社帰りに同僚と顕れたyorikoさん。ギャラリーとアトリエ見学の後、中華街へ繰り出して行きました。(いいなあ)
これだけまとまった水彩画の展覧会はギャラリーでも始めてです。たっぷり時間をかけて描きこんだ風景は、その場所の雰囲気を良く伝えているようで、旅行で訪れたことがある人はなつかしがり、またひなびた建築のお店には行ってみたいと思う人もいて、感想ノートに見た人たちのコメントが丁寧に書かれているのも絵の力なんだと思います。みなさんぜひぜひ見に来てください。
12月もはや半ば、アトリエも楽しい行事がおまちかね。。。
◇お知らせ◇
22日(土)は子供のクリスマス会でアトリエはお休み。
大人のパーティは27日(木)。ヌードクロッキーにもぜひ参加してください。
28日から1月4日までアトリエは冬休みです。
アトリエ展の作品を置いてある人は年内にお持ち帰り下さい。
お知らせが届かなかった方連絡下さい。
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November23
色づいた銀杏並木の向こうに広がる青い海と白い船。県民ホール6Fのレストラン「英一番館」から見える景色です。ここのランチは安くて美味しい。お天気が良かったので、山下公園を散歩。祝日とあって人も出ていましたが、秋の陽射しが心地良かったです。
「かもめにえさを上げないで下さい」というカンバンの上を、かもめが飛び交い、頭上すれすれに飛んでくるのでスリル満天。氷川丸を繋留している鎖にびっしり一列に並んでとまっているかもめたち。何本も鎖があるのに何故かこの鎖が人気があるようで、誰かが退くとまた一羽飛んできて空いた席に割り込んでいました。
ストリートパフォーマンスの人だかりを避けて元町まで歩き、ユニオンでお鍋の食材をたっぷり買い込んで、地蔵坂を登って歩いて帰りました。元町からはこのルートで歩きます。この辺は乗り物に乗るより歩いたほうが早いし、歩く目線が好きなのかも。
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November12
お天気がいいので「ヨコスカでも行くか」例のごとく何でヨコスカ?という疑問は持たない。何も目的はないし、横須賀に何をしに行くという当てもない。のんびり鈍行の京急に乗れば何となく旅気分。。。そうこうしているうちに「間もなく新逗子〜、終点です」とアナウンス。
あれ?違う線に乗ったみたいねなんて話していると、前の座席に乗っていたご婦人が「このまま乗っていれば折り返しますから、金沢文庫まで戻って久里浜行きに乗り換えれば横須賀に行きますよ」とご親切に教えてくれた。
ホームを見ると「逗子海岸まで10分」のカンバン。[なんだ海近いじゃん、降りよう、降りよう]。予定はないのですぐ決まる。改札を出ると「逗子海岸まで15分」のカンバン。どっちが本当なんだ。始めにこっちのカンバン見てたら降りなかったかもしれない。もう行くっきゃないよね。道を聞けば、あの信号を渡って何処までも真っ直ぐ行けば海ですよ。しかし、2回曲がって20分くらい歩いたでしょうか。やれやれ、これで海がなかったら最悪です。
砂地になったトンネルを抜けると思ったよりはるかにきれいな海が開け、すっかり疲れも吹っ飛んで「気持ちいい〜!」。
秋のきれいな陽射しに暖められた砂浜を歩くと、青い空が眩しく広がり、ヨットやウィンドサーフィンの帆がのどかな海に彩りを添えていました。
身近な海がこんなにきれいだったなんて!! |
November9
静岡県の富士宮までyorikoさんの個展を見に行ってきました。新幹線を使わず大船回りで行ったので、3時間近くかかりましたが、のんびり旅もいいもんです。東海道本線の富士から身延線に乗り換えて17分、ローカルなところです。こんな遠くから新横浜まで毎日通勤しているなんてyorikoさんはスゴイ!
駅から歩いて15分、かわいいドイツ風建物の"tearoom Ami"がありました。中はアトリエ2fのように梁を見せ(アトリエよりもカッコイイ!)空間の高さを強調、広々とした印象です。水彩画16点と鉛筆画1点の計17点で店内は静かな雰囲気に満ちていました。その内yorikoさんのお母様が見え、コーヒーをご馳走になりました。
しばらく絵を楽しんで見てから、近くの浅間大社に行ってみたら、なんとまあ立派なこと!朱も鮮やかに美しい楼閣風の建物で、写真は本殿の裏手にある幣殿(らしい)部分できれいな形をしています。大同元年(806年)征夷大将軍坂上田村麻呂が山宮の地から遷都建立したもので、全国に1300箇所ある浅間神社の総本宮だそうです。
富士山頂上にも浅間神社があり、富士山に登ると必ずお参りする神社ですが、八号目以上は浅間大社の境内だとは知らなかった。本殿、拝殿、楼門などは徳川家康の寄進したもので、美しさに加えて風格のあるつくりになっています。
境内には滾々と湧き出す清涼な池があり、そこから参道に沿って走るk神田川に流れ込んでいるのですが、その水はたとえようもないほど澄んだきれいな水で、この水を見ただけでも来た甲斐がありましたね。この美しい水を作り出す富士山はやっぱり日本一だなぁ。。。

さて、来る途中に気になっていたもののひとつは「やきそば」。街においしそうな臭いがぷ〜んと鼻をくすぐる焼きそばのお店がやたら多い。名物らしい。。。でも遥か富士宮まで来てやきそばじゃねえ。
もうひとつ気になっていたのは「佐久夜丼」(さくやどん)。はてなんだろう?しかも1日限定10食!小料理屋さんというか飲み屋さんというか「佐久夜丼」の看板のあるお店に入ってビールと佐久夜丼を注文し、名前の由来を聞いてみた。
そしたら、これも浅間大社にちなんだものであることが判明。浅間大社は平成18年に建立1200年を迎え、お祝いをすることになって、"木花佐久夜毘売命"(このはなのさくやひめのみこと)という美貌と貞淑の誉れ高い祭神にちなんだ食べ物を「佐久夜丼」として作ったのだそうです。
さてその中身は?「おォ、豪華!」。新鮮な魚貝の切り身が一杯乗っかった海鮮丼といった感じで大変美味でした。
yorikoさんの絵と、きれいな水と、佐久夜丼。曇りで富士山は見えなかったけれど、いい旅でした!
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November3

金井さんが現われてから4日後にまた突然前触れもなしに滋賀県にいる古田さんがたずねてきました。yorikoさんと同期だからもう10年くらい前のOBです。出張のついでになつかしくて寄ってくれたのです。
今でも絵を描いているといってファイルを見せてくれましたが、レトロで暗めの作風は変わらず,充実した完成度の高い作品になっていたのでうれしかった。yorikoさんまだ来ているんですか、と驚いていました。
11月になってさすがに寒くなりました。池のカモたちも団体で池から上がって土手を散歩する姿を時々見かけます。時々マガモのメスが混じっていたり、えさの食べっぷりや追いかけっこに驚いたり、しばし癒され、気がつくと帰りの時間になっています。
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October21
舞鶴(京都)の金井さんが秋のきれいな写真をDANDANぼーどに 貼り付けてくれたのを思い出してマイピクチャに保存していた時、アトリエのドアが開き、そこに金井さんがにこにこ立っていたのでびっくり!虫の知らせ、以心伝心、予感的中?何と言えばいいの?
箱根で同窓会があり、ついでに足を伸ばしてアトリエまで来てくれたのです。嬉しいですねェいつまでも忘れずに訪ねてくれる。金井さんが桜木町に勤務していた時にアトリエに来ていたのだから、かれこれ6,7年経ちます。早速梅子さんに電話したけど不在で、夕方帰宅した梅子さん悔しがることしきり。「また舞鶴行こうかな」だって!金井さんは芯の会展をゆっくり見て帰られました。
芯の会展もyurikoちゃん関係のお客さんが多く、次いでカオルコちゃん関係者。後は無し、というのも寂しい。自信を持って知人に声かけてください。せっかの機会なんだから。
ともあれ来て下さった方々ありがとう。これからも芯の会とそのメンバーを応援してください。
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October17
お天気のいい日は東の空にひときわ明るい金星が輝いて、それを見ながら森林公園まで行きます。明るくなった朝の公園には水色の秋の空が広がって気持ちの良い風が吹いています。暑くもなく寒くもなく歩くには最高だねって常連さんたちと挨拶を交わし、林や丘をダンと歩いています。
ギャラリー千年池では第2回芯の会展が始まりました。だんだん生活が忙しくなって思うように制作時間が取れず、満足のいく作品が描けなかったと落ち込んでいる人もいましたが、何とか纏まってみると、やはりそれぞれが力をつけてきたんだなあ、と思います。
静岡の富士宮では世利子さんの個展が始まりました。時間をかけて透明水彩を重ね、深い味わいのある色彩で心を静かにしてくれる水彩画20点ほどの展覧会です。(詳しくはDANDANぼーどを見てください)
横浜市民ギャラリーあざみ野では20日(土)まで油絵の継承と発展と題して「R展」(REUNITED展)が開かれています。ここには武井誠君が出品。これが終わると26日からは真悟さんのグループショウ、ART
meets DANCという企画「ART FORUM FESTIVAL 2007」が11月10日まで開かれます。秋は展覧会が目白押し。。。さあ、何処へ行こうかな。
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October11
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広吉先生の絵をバックに中国二胡を演奏する青年、
左隅に馬頭琴が置いてある |
先週の土曜日は渡部日出夫さんの「My World Collection」発表会に千葉県の柏市にある"中村順二美術館"まで行きました。この小さなかわいい美術館は、若くして亡くなった息子さんの絵を展示するためにご両親が建てられた愛情溢れる私美術館です。
渡部さんとのお付き合いは、遡ること20年前、銀座の画廊で広吉先生の個展を見て感動し、絵を買ってくれたのが始まりです。その後も個展のたびに絵を買ってくれました。渡部さんは他にも友川かずきなど数人の画家の作品を蒐集していて、ご自宅も小さな美術館のようです。
歌も大好きで、若い頃は「歌声喫茶」が全盛で、よく行ったとか。カンツオーネも先生について習うほど。この日は、20年間かけたコレクションと、歌の披露なのです。そして、縁あったミュージシャンたちとのコラボレーション。
馬頭琴を演奏する数少ない女性
まず「スーホの白い馬」でお馴染み、モンゴルの馬頭琴、中国二胡、オカリナ、ギター、カンツォーネ、エレクトーンでした。それぞれの楽器のソロの他、歌詞カードが配られ、渡部さんのリードでお客さんみんなで歌いました。
中でも馬頭琴のずしんとくる低音と、二胡の哀愁を帯びた高音が響きあった時がすてきでした。
久しぶりに見る広吉先生の「冬のカマキリ」と「色づき始めた夏みかん」(ともにf40号)は他を圧倒して美しく、舞台の背景として場の雰囲気を高めていました。
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October9

雨続きで肌寒い日曜日、「エディット・ピアフ 愛の讃歌」を見に行った。エディット・ピアフは30〜50年代を代表するシャンソン歌手。最近はシャンソンなどあまり聴く人がいないせいか街にもシャンソン喫茶がなくなった。シャンソン喫茶のみならず、ゆっくりコーヒーが飲める"珈琲屋"がなくなって久しい。映画の始まるまで時間があるのでコーヒーでも飲もうか、と歩き始めたけれど入りたくなるような店がないので、プリクラでも撮ろうか、(どうしてそうなるの)。
ゲームセンターのプリクラボックスに入ってポーズを決めた。6ポーズとってよし完成。ところがどうしたら写真が出てくるのか解からない。店員のおねえさんに聞くと、係りの者を呼んできます。間もなくあらわれたお兄さんも解からない。担当者を呼んできます。程なく顕れた担当者さんとお兄さんとボックスの周りをウロウロ。。。ようやく裏側に操作パネルを発見。(なんで裏なんだ!)やっとプリント出来て、何、デカプリだって。あと200円いるの、じゃあ両替しなきゃ・・・とお兄さん達と4人でモタモタしているうちにあえなく時間切れ。ま、いっか。。。
ともあれ、楽しみにしていたピアフの映画を見よう。
「愛の賛歌」や「ばら色の人生」で知られるフランスの国民的大歌手の物語。。。1915年、大道芸人の父と大道歌手の間に生まれたエディッピアフは、家出した母親に代わって売春宿を営む祖母に預けられる。ここまでで、もう悲惨な人生が見えてきますね。
10歳から大道芸をする父の傍らでお金を集める生活。道端で歌うピアフを見出したナイトクラブのオーナーがチャンスを与えてくれ、歌手への路を歩み始めるが、オーナーがピアフの仲間に殺され嫌疑を掛けられるなど紆余曲折を経てスターへの階段を登り、マレーネ・ディートリッヒやジャン・コクトー、モーリス・シュバリエなど一流の作家や俳優と知己を得る。また、シャルルアズナブールやイヴ・モンタンなどの才能を見出し、育てるなど世界的大歌手となる。
生涯の大恋愛は恋人のプロボクサー、マイケル・セルダンの飛行機事故によって悲劇的最後を迎える。
また、1951年には自動車事故にも逢い、その後深刻なモルヒネ中毒に苦しむ。
1963年癌により47歳の若さで死去。葬儀には40,000人のピアフの死を悼む人々でパリの交通がストップしたと言う。
・・・何とドラマティックな人生!!シャンソンは人生を歌うというけど、これだけ波瀾万丈の人生を生きた歌手は現代では中々いないでしょうね。
ところが、映画の中のピアフは、のんだくれで口汚くわがまま一杯!ボロボロになった晩年をしつこく見せるのでがっかり!美化しろとは言わないけれど、一面を強調するのはいかがなものか。伝記ものには気をつけよう、と思ったのでした。
映画の中、晩年のピアフがダミア(下の写真)の「人の気も知らないで」を聞いているのが印象的でした。
このダミア(1889〜1978)がまた伝説の人だけど長くなるのでカット。彼女が歌った「暗い日曜日」を聞いてハンガリーなどで自殺者が急増し、ヨーロッパでは発売禁止になったのは有名な話。
マリア・カラス(1923〜1977)ギリシャ生まれの美貌の歌姫。彼女もギリシャの大富豪オナシスとの恋に破れ、一時期声を失うなど伝説の人。
美女と才能と伝説。。。切り離せないわ。
そして、最後の写真は先日そごう美術館で開催された「キスリング展」にあった「エディット・メラの肖像」。エディット・メラ(1905年生まれ)は女優としての絶頂期に30歳という若さでこの世を去っている。(またまた伝説!)。広吉先生は、キスリング展でこのメラさんに一目ぼれ♪
上出の3人の魅力的な女性たちの系譜をこのメラさんに見つけたのです。なにしろ活躍したのが1930年代、しかも数年とあって資料に乏しいけれど、広吉先生の絵の中に登場する女神のヒントになるのは必定。 しかし、なんというカリスマ。すごい雰囲気を持つ女性たちではありませんか。本人達が芸術そのものであり、またそこから様々な芸術が生まれるんですね。
前の絵日記へ(近々upします)
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