ウイーン美術アカデミーの教育法を実践する 自由の学校

   YAMATE美術セミナー  〒231-0852横浜市中区西竹之丸82
 045−681−7712
HOME お問い合わせ 申し込み

あとりえ絵日記
2011
日常やアトリエのことなど思いつくまま、きまぐれに書いています。
コメントがありましたらDANDANぼーどにお願いします


2012年の絵日記へ

December 25 「クリスマスパーティ」

若者と飲む酒はおいしいね。気の置けない仲間と飲むのは楽しいね。
今年もそんな気分のクリスマスパーティでした!



  ★美味しいケーキ by Yuuko

大作を仕上げた人、淡々と描いた人、忙しくてあまり描けなかった人も一年間みんなそれぞれ自分の生活をがんばったから美味しいお酒が飲めるんですよね。

December 24 「こどものクリスマス会」

今年のクリスマス会で一番嬉しかったのは自ら司会に立候補してくれた隆ノ介くんの成長振りでした。
ブルーのシャツと紺のズボンで正装した姿もかっこよく、会の進行を書いた紙を前もって渡しておいたものに、さらにメモを加えて表紙までつけた立派な「式次第」を準備、ユーモアのあるアドリブを入れた司会は立派なエンターティナー!

思えば4歳からアトリエに通い、スモックを着てYoukoせんせいの膝に乗って絵を描いていたのも夢のよう。(うるうる・・・)
mせんせいはほれぼれしちゃいました!
おかげでクリスマス会もより充実したもの になりましたよ。ありがとうりゅうたん!




写真(左上)司会をする隆ノ介くん。(右)注目するこどもたち。
(2段目左)クイズに答える人を指差すYuukiちゃん。(その右)椅子に乗ってヨーヨーをひろうするまーくん。((その右)プレゼントを見ている女の子たち。
(3段目左)絵本の読み聞かせをするTamakiちゃん。(その右)「みどりせんせいだー」とひげや帽子をひっぱるこどもたち。

子ども時代の楽しい思い出になってくれるとうれしい。


December 20 「1年」

毎年天井までの大きなモミの木を飾ると、ああ今年も無事に過せたなぁと思います。年々手に入りにくくなっているけれどAOYAMAフローリストの社長が世田谷のほうから捜してきてくれました。見上げる子供の目がキラキラ。。。それが楽しみで。。。
24日はこどものクリスマス会、昨日はこどものクリスマス会の景品を買いに午前中日之出町まで出かけ、午後はサンタが渡すお土産を買いに伊勢佐木町まで出かけ、両手に大荷物を下げて帰って来ました。ふう。
25日は大人のクリスマスパーティ。ワインを飲むぞー!!
アトリエは28日までやっています。

今年は日本にとって、ひとりひとりの生き方にも大きな影響を与えた大きな試練がありました。アトリエでは「アトリエ展」の開催など、淡々と日常をこなし、地に付いた活動を心がけました。これからもそうありたいと思います。

10月には 陽子さんの遺作展をやらせていただき、何年も何十年も前のお仲間が訪れてくださって、陽子さんの人柄の豊かさに改めてこころ打たれました。


12月はさっちゃんの初個展がありました。アトリエに通い始めて5年、本格的な才能の誕生でした。

November 9 「坂道と横浜」


坂道と横浜とサブタイトルのついた広吉先生の個展が中村順二美術館ではじまりました。毎日毎日憑かれたように絵の具箱を担いで横浜の下町を歩き、街角で、路地で、河縁で風景を描いた時期がありました。
1年間で約100枚くらい描いたでしょうか。そのスケッチの街を再構成してそこに生きる人々と暮らしを40号にまとめたのが今回の作品です。

複雑な構図ですがそれを見抜いたのがなんと当時東大の理化学博士。N先生は絵のコレクターで今回のシリースの内の一点「YOKOHAMA ANGELを持っています。サカシタの絵は生命の発生する形、すなわち不完全な三角形であるとおっしゃったのです。すごい!
不完全さを修復しようとしてそこにエネルギーが生まれ生命が生まれると・・・。
一流の人は自身の研究から他のジャンルも理解し、見事に言い当てるのだと、そのとき解りました。
実は広吉先生の絵画上の追及は構図法に尽きるといってもいいのです。「新しい構図」それは画家にとって永遠のテーマ。描く内容は様々ですが、広吉先生のように複雑な物語や寓意を展開させながら全体をひとつの絵画世界にまとめる手法は16世紀ネーデルランドの画家ブリューゲルやヒエロニムス・ボスに学んだものです。

柏市在住のファンの方から、ブリューゲル・バンゲ様とニックネームをいただきました!(笑)。

October 25 「火曜日」


火曜日は陽子さんの日。
今日も陽子さんに会いにたくさんの方が来て下さいました。大学の同期の方々8名、中にははるばる京都から来てくださった方も・・・。
先週も大阪から中・高・大と一緒の方と中・高一緒の方合わせて4名。
大学を出てから半世紀にもなるのに!

そのほかにも25年前にアトリエで一緒に描いていた方も焼津、鎌倉から・・・。そして20年前受験生だったアラフォー世代がそれぞれ子どもを連れて来てくれました。
こんなにみんなに慕われていたのだと改めて陽子さんの人柄を偲びました。
額に入ったステキな花たちが陽子さんのようにほほえんでいいます。

「山田陽子遺作展」にお越しの皆様本当にありがとうございました。いつかまた陽子さんの話をしに来て下さいね。


October 4 「秋」

やっと涼しくなって10月に入ったら金木犀がいっせいに香り出して自然の力を感じています。
このところ元気がなかったサブレが動かなくなり、今朝はひっくり返っていたので埋めてやろうかと持ち上げたらまだ生きていたので、せめて土の上で大往生をと植木鉢の土の上においてやりました。
タカさんは新しく入れた草の中で紫蘇の実をぼりぼり食べていたのでまだ元気で鳴いています。6月のはじめに拾ってまだ4ヶ月と少し、庭の虫の音も途絶えがち、命のはかなさを感じる秋です。

歳時記カレンダーを見ると「蟋蟀在戸」(しつそつこにあり)とあり、コオロギ(キリギリスの説もある)が鳴き止み姿を消す頃の意だとか。
夕方サブレの様子を見たら、タカさんがひっくり返ったサブレのお尻に喰いついていました。そのままムシャムシャお腹を全部食べてしまったのです!!

これぞ究極の愛!!
潔いというか無駄のない昆虫の世界。カマキリはメスがオスを食べると聞いていたけどキリギリスはオスがメスを食べるのだろうか?というより弱ったほうが食べられる運命なんでしょう。蜘蛛の子も卵から孵ったばかりで母親をみんなで食べるという。自然界は無駄がない。

それに引き換え、病名を告げられオロオロして、余命の宣告されてじたばたして・・・病院で延命治療してバタバタして、、、、人間って。。。。


September 18 「暑さ対策」

みどりのカーテン立派なゴーヤ
今年はなんて暑いんだろう。と、去年も言っていた。去年はアトリエ2階のあまりの暑さに扇風機を購入しようとしたけれど、どこも売り切れで手に入れることが出来なかった。
今年は早めに壁掛け式のを2台購入、窓にはブラインドの中側にすだれをセット。東南の窓には屋根に載せたプランターから鉄線とゴーヤをカーテンがわりに茂らせた。(何故鉄線?と聞かないでね)きっとエアコンが利いてくれるでしょう。

「おー、涼しい!」と思ったのも束の間、土曜日の子どもたちが来ると何の役にも立たなかった。一体どーすればいいんだろう。天井がないから断熱材もない、だから暑いのは百も承知。
窓に遮光フィルムを張る。農業用の遮光カーテンをつける。屋根を貼りかえる。などなど・・・真剣に悩んだり相談したり、お金もかけられないし・・・挙句たどり着いたのが「遮熱塗料」これだっ!よし来年こそ遮熱塗料を屋根に塗るぞー!
そしたら一緒に相談に乗って「ペンキ塗りましょうか」とまで言ってくれた不動産会社の御曹司、「2階は暑いんですよ、このままでいいんじゃないですか」だって!気持ちは救われるけどなんの解決にもなってないんだよね。

たった一本だけ出来た立派なゴーヤは半分はチャンプルに半分はサラダにして食べました。我ながら美味しく出来たと自画自賛。


September 9 「もうひとつの坂道」

外人墓地の坂道
初めて教室を開いた場所は、アトリエ2階の北側の窓から見える向かいの丘にある平楽中学の前の道を横切り、急な階段の「山羊坂」を下りきった八幡町にあった。
山羊坂上から見渡す下町は見事な眺めで、見下ろすたびに胸の中にスゥーッと風が吹くのだった。当時それは下町のアルカディアだった。
現在は階段の途中に鉄骨で空中庭園(?)が作られたので見晴らしは狭くなってしまった。なつかしさもあってこの坂道が好きです。

教室は1930年代の面影が残る古い長屋の連なる一角で、6畳と2畳くらいの小さなつくり、天井裏はねずみの運動場だった。下町のちいさな商店のこどもや長屋のこどもが多かった。今はもう長屋はなく駐車場になっている。このアトリエの原点がそこにあって、寂れた商店街を抜けると活気のある横浜橋商店街に出る。
ここは今も昔も変わらず庶民の台所だ。美味しいお惣菜屋がたくさんあるのでわくわくする。そこをを抜け、大通り公園をまたぐと伊勢佐木町商店街に出る。その一本裏の道を右に曲がったところに「ジャック&ベティ」という映画館がある。

「ジャック&ベティに行く時はこのルートで歩いて行く。そこで今日は「蜂蜜」というトルコの映画を見た。
寡黙な映画だ。つい先日観に行った最新の映画館の凄い音響にはうんざりしていたので、まったく効果音や音楽のない映画というのにも驚いたけれど、自然の音が逆に自分がその空間にいるような錯覚に落ちて心地よかった。

森には鳥の声とロバが草を食む音、養蜂家が草木を踏む音のみで、神秘的な静けさと物語の奥行きをを表現しているのだ。
下町の古い映画館はシートも硬くへこんでいたりして最新の映画館とのギャップにも驚くけれど、何故か落ち着く。
養蜂家の父と家を守る母と少年の3人で森の傍に住んでいる。小学校も森の中にある。蜂蜜を集めるのも森の中の高い梢に箱をかけて置く。多分この地方は平地がないのだろう。ある日蜜蜂が森から消え、父は更に森の奥に蜂蜜を採りに行くが・・・。

静かに淡々と時が移ろう神秘的な森と暮らし、重厚な映像、少年のナイーヴな瞳に魅了されたのでした。

August 31 「坂道」


コクリコ坂から」を見た。60年代の横浜の風景が描かれているというので。アニメ映画は特に見たいと思わないけど、気になるのは「絵」。ずーっと絵とかかわって生きてきたからなんでしょうか。

横浜は坂の多い街で、このアトリエのある場所も駅からは急な坂を上らねば来ることが出来ません。遠くから電車でやってきてまた急な坂を上って・・・ふう。

でもね、坂道は風景をステキにしてくれるといつも歩きながら感じています。

行き止まりのような小路も勇気を持って進んでゆくと、急に曲がって小さな階段があったり、聞いたこともないお医者様があったり、崖にはあふれんばかりにピンクのランタナが垂れ下がっていたり、その先に道?駐車場?と迷いながら歩いてゆくと、枇杷の実が誰に取られることもなくたわわに熟れて「家に帰って食べよう」と少しもらって行くと、タイムスリップしたような古いアパートが出現したり。。。。。とっても面白い!

そしてその場所や建物が今も生活に使われていると言うことが大事。


坂道で脱線してしまったけど、映画の中の風景は良く描けていましたね。60年代には山手はもっと開けていたので、もう少し前の風景と言った感じでしたが。
古い建物や町並み、木陰に陽が差し込む埃っぽい道、家の中の家具や台所のガス・水道など質感がすごい!それに比べて人物が漫画っぽいので違和感がありました。人物を背景に近づけるのは難しいのかな。
もうひとつ海(女の子)の顔が俊(男の子)の顔より大きいのが気になりました。

高度成長期に古いものを壊してどんどん新しいものに換えていったことへの批判精神が話の中核をなし、高校生の恋と悩みが彩りを添えるストーリィですが、やや物足りなさもあったりしたのですがおおむね楽しめる良い作品だと思いました。


August 28 「バーベキュー」



本日のクロッキー、午前中のモデルは何故かアトリエ歴たった2ヶ月のFさん。ノリノリで海パン姿で自転車に乗っています。その自転車も自分でデザインして製作途中だとか、こだわりの愛車です。

彼は10年前、美大受験の夏期講習で1ヶ月だけアトリエに来ていたK君の紹介で入った人、すっかり書道の常連さんでもある。そしてそのK君も10年ぶりにクロッキーとバーベキューに参加してくれました。うれしいですね、覚えていてくれて。

当時の写真とみんなで寄せ書きしたカルトンを持ってきたので中身の濃かった夏期講習の記憶が甦りました。その写真に写っているメンバーの2人が今日も来ていて、再会。
みんな大人になりました。

 
           
夜も更けて両手にワインを抱えてY子ちゃん登場。待ってましたとおいしいワインを呑み比べようと浴びるほど飲んでしまって、翌日ふらふらしながらひとりさみしく片づけをしたのでした。


August 21 「江ノ島

曇天で朝方雨がぱらついていましたが、身近な観光地江ノ島に行きました。子どもの頃に行ったきりで○十年のご無沙汰です。ずいぶん観光の島として整備され、子供の頃の印象とは違っていたけど、久しぶりの潮の香とともに楽しめました。
江戸時代に「大山詣り」というのがあって、早朝江戸を発ち、大山街道を三軒茶屋・二子・溝ノ口と進み荏田か長津田宿で1泊。下鶴間・海老名・厚木と歩き、伊勢原で2泊目。
3日目は大山阿夫利神社に参詣した後、大山道で藤沢を目指し、夕方藤沢宿に着き3泊目。
4日目は江の島に入り江の島神社と岩屋を参詣した後鎌倉に向かい、鎌倉の寺と鶴岡八幡宮を参詣。その後、朝比奈切通しを抜けて金沢に向かい、六浦の景観を楽しんだ後、金沢八景の称名寺を参詣して、金沢宿で4日目の宿をとる。

最後の日は途中川崎大師を参詣して品川宿で5泊目の宿をとり、品川遊郭で精進落としをして、翌日江戸に帰ったとか。(落語家圓生の噺より)
撮影禁止なので写真は他から拝借しました
なるほど21世紀の旅行会社顔負けのツアーがあったんだ。しかも徒歩ですからね。昔の人は健脚!そういえば江ノ島の弁天様は裸弁天とも言われるように、小さくもなまめかしいヌードなのだ。胸躍らせてはるばる来たんだろうなぁ。ちなみに鎌倉の弁天様も元はヌードだったそうな。(今は衣服を着けています)
正しくは「妙音弁財天半跏像」と言い、歌舞音曲を司る神様です。

頂上にはサムエル・コッキング苑という植物園とシーキャンドルという展望台があり、伊豆半島やたくさんのヨットが集う大会らしきものが見渡せて気分も爽快!
展望台を降りると前の広場で大道芸がはじまるところ。高校生の頃より大道芸一筋16年というTOMIさんがバランスをとりながらのジャグリング。街中でなくこんな場所で?意外さに観客も温かい拍手で盛り上がっていました。


August 16 「お別れ

毎週火曜日は陽子さんの日。下の花屋に行って彼女に気に入ってもらえそうな花を買って来る。今日のモティーフは真っ白なカサブランカと深紅の薔薇、白のアルストロメリア。
いつものように絵の具箱を広げ、使い込んで美しい光沢のあるパレットを広げました。

あ、筆がないわ。
いつも家に持って帰って洗ってくるから忘れたのね、今日はお貸ししましょう。

そんな風に最後のモティーフをセットしました。
陽子さんが初めてアトリエに来てからもう28,9年になります。その間ずっと変わらず優しい笑顔でアトリエのみんなを温かく見守ってくれました。
大好きな花を楽しそうに描き続けて、その時間が彼女にとって素晴らしいものであったことが数々の絵に表れています。そしてアトリエにとっても一番大切な時間だったと思うのです。変わらぬこと、その大切さも教えていただきました。
そのことを案内状に書いて6月に個展を予定していましたが、叶わぬことになりました。

昨日(15日)山手の教会で花に囲まれた陽子さんとお別れしてきました。
貴女と過ごした時間は幸せでした。永い間本当にありがとうございました。

使い込んだ絵の具箱とパレット


August 13 「真悟さんの個展

寝苦しい夜を過ごし、3時ころ目が醒めた。「カナカナカナカナ・・・」とこの夏初めてヒグラシの声を聞いた。歳時記カレンダーを見ると寒蝉鳴(かんせんなく)と書いてあり、キャプションでヒグラシが鳴き始める頃とあった。やっぱりヒグラシだったんだ。ミンミンやジージーに比べてどこか清涼感のある声だね。夏の終わりを感じるからだろうか、子供の頃キャンプで山に行くと良く聞いたからだろうか。
夜中にベッドから見た月が黄色くて円くきれいだった。歳時記カレンダーには明日が満月とある。あとひと月で中秋の名月、この暑さもひと月の辛抱か・・・。


昨日は真悟さんの個展に行ってきました。日本大通りにある「ギャルリーパリ」で。2年ぶりに見る人懐こい笑顔の真悟さんが、新港ぴあの別会場から汗びっしょりで駆けつけてくれました。

作品に赤や紫が顕れてきましたがあくまでベースはブルー。10年くらい作品を見守ってきたけど、真面目に取り組んで展開させてきたことに敬意を表します。益々活躍の場を広げ知名度もアップして立派になったなぁ。
3年前に私も行ったことのある千葉県佐倉にある川村美術館の学芸員に認められ、来年は現代美術の7人展に出品するそうで、それもたのしみです。



Shingo Francis
Veils:a dialogue with the abyss
2011.8/5-8/20
GALERIE PARIS tel 045-664-3917

August 7 「ともだち」

今朝は特別蒸し暑く、さすがに公園も風がない! !
5時前に着くと、ダンの友だちのシロ君に会える。シロ君は喜んで私の周りを駆け回る。最近はダンがもういないのがやっと理解できたようで探さなくなったのがちょっぴり寂しい。紀州犬のハナちゃんやバーニーズマウンティンのシエルはビスケットほしさに走ってくるのがかわいい。

ジャックラッセルのサンちゃん、ゴールデンのモンド、ミックスのルビちゃんもしかり。
会ってもなぜるだけの子もいる。アフガンウルフハウンドのリオちゃんとフラットコーテッドリトリバーのルーク。彼らは大きいのでおやつほしさに跳びつくといけないから初めからあげないよう飼い主さんから言われています。
ずっと会っていないけどダンの妹みたいなミックスのハナちゃんに会いたいなあ。その他ダンのお蔭でともだちがいっぱいいます。
親子(右がこども)
巣立ったと思っていた子カラスは梅林周辺で、親と一緒に暮らしていて、未だに親にねだっていました。子どもも私を覚えたようで、ビスケットを小さく割って投げると拾うようになったけど、親はいくつも口に銜え、子どもがねだると口移しに食べさせてやっている。いつまでも甘えん坊だね。
子どももビスケットを拾うようになった

本日は月に一度のヌードクロッキー、久々にキヌマッキーが参加してくれてうれしい。
OさんやOBのyoukoちゃんも顔を見せてくれた。次回は28日(日)クロッキーとバーベキューなので、しばらくご無沙汰の人も来てくれるとうれしいなあ。


July 30 「夏休み工作教室」

一週間前に試作品を作りました。ワゴムを動力にしてプロペラを回し進む簡単な仕掛けの船なのですが、上手く廻るように作るのがなかなか難しい。小さいプールで試してみたら結構走るので気を良くして、さて当日。
朝方は雨がぱらついていたのでアトリエの中で工作の開始。スタッフはmせんせい他3名。子どものママパパもお手伝いしてくれたので大助かり。Shouyaせんせいの周りには3歳から4年生までの女の子が取り囲んで作り方を教えてもらっています。みんな真剣!
みみせんせいは一番難しい紐を引っ張って軸をまわしゴムを巻く形式のもの。この見本を造ってくれたyuukoせんせいが欠席のため苦労して何とか完成。
tanabeせんせいは1年生と2年生の男子にせがまれて全部作ってあげていました。「下手でも自分でやらせたほうがいいよ」とshouyaせんせい。高学年の男子は自力でかっこいいのを作っています。

出来上がった順に庭の大きいプールに浮かばせに行きます。わあという歓声が2階まで聞こえて作り途中の子どもも気が気ではない様子。その内みんなで庭へ出撃!!後は思い思いに船を浮かべ、プールの周りで大騒ぎ。スイカ割りでまた盛り上がって楽しい夏休みの思い出が出来ました。

「夏休み工作教室」


July 26 「田辺裕介展」

男の顔シリーズを描き続けている田辺さんの初個展です。韓流スターでもジャニーズ系でもない男くさい男たち!・・・が、ずらりと並んでいる様子は圧巻です。スクリーンやTVで見たことのある顔を見つけて話が弾むこともあります。
映画好きの人には見ごたえのある展覧会になっています。ギャラリーでお茶を呑みながら田辺さんと映画の話でもいかがですか?
11日までなので是非足を運んでください。


July 13 「巣立ち」

サブレー♀
先月の初めに拾ったキリギリスも見る見る大きくなって3週間くらいで鳴き始め、めでたく大人の仲間入りしました。晃ちゃんが「タカさん」と命名。
その鳴き声に引き寄せられてメスのキリギリスがケースに寄って来たので「あ、お嫁さんが来た」とばかりに捕まえてケースの中に入れました。立派な卵管を持った大きなメスでまたもや晃ちゃんが「サブレー」と命名。何で2匹とも可愛くない名前なの?
最近では毎日タカさんが鳴きながらサブレーを追いかけています。

一方森林公園のカンタ夫婦の子どもたちは巣立ったようで姿を見せなくなりました。一週間ぶりに公園に行くとタマコが寄って来たので付いて行くと、開けた丘の中央で大きく羽を広げ、全身で「カア、カア、カア、カア、カア」と5回づつ、何度も繰り返し鳴き、どうやら木の上にいるらしい子どもに向かって励ましている様子。巣立ったばかりの子どもに「これからは一人で頑張って生きてゆくんだよ」と訴えているようです。
ほんの数ヶ月で親と別れひとり立ちするなんて偉いなあ・・・。
それに引き換え人間は10ヶ月も母親のおなかの中で守られ、生まれてからも一人前になるには20年以上かかるんだから大変だね。




June 19 「YOUHEIワールド」


昨日から「大野陽平展」始まりました。2008年についで2回目となる個展はさらに空想力と世界が広がって、楽しく心やすらぐ作品でギャラリーは埋め尽くされています。小さなギャラリーも陽平君の絵で広い空間に見えるから不思議。

6歳のときに通いはじめた陽平君もこの春高校3年生になりました。11年も続いているんですね、絵に対する気持ちは変わらない、そのことに感動します。
初日はお母さんの出身地倉敷からお友だちと大きな胡蝶蘭がど〜んと届き、カードには「おめでとうございます。いつも陽平君ワールドに癒されています。ご盛会をお祈りしています。Youhei会倉敷一同」と記されています。ファンクラブが出来ているんだ!すごい!


お父さんはアブダビに単身赴任中にもかかわらず、本日もお父さんの高校の同級生が東京から大勢来てくれました。陽平君とっても嬉しそうでした。


June 15 「子育て中」

2週間くらい前に道路で拾った子どものキリギリスに立派な羽が生えて大人になりました。(植木鉢に止まっています)
餌や飼い方はネットで調べてきゅうりや人参をあげ、好みの草を摘んで水を入れた瓶に差し環境を整えると、毎日良く食べ、面白いようにどんどん大きくなりました。
昆虫は特に好きと言うのではないけど、育ってくれると嬉しいのは母性愛(?)ちょっと違うか・・・・・。

以前公園で傷ついた子どものインコを拾って育てたことがあります。黄色くて、クラシックをかけると一緒に歌ったりしてかわいい子でした。
    
そんなわけでカンタとタマコとの交流もまだ続いています。雨の日、傘を差してカッパを来て長靴を履いて変装(?)しても見分けて付いて来ます。今は子育て中、まだ飛べない子どもが木の枝に止まって、グエグエ鳴くと、飛んで行ってもらったビスケットを口移しに食べさせる姿はほほえましい。
普通、子育て中のカラスは近くを人が通ると襲ってきますけどね。
子カラス

先週みみ先生が「見て見て」というのでドアを開けてみると、アトリエの栗の木にカラスが止まっていて、一羽がもう一羽の胸の辺りの毛づくろいをしてあげたり、くっついたりしてとても可愛かったです。
親子でしょうか、大きさが同じくらいだったからカップルかなぁ。くちばしから脚まで真黒で、生ゴミをあさったりして嫌われ者だけど、情が深く、同じ相手と20年も連れ添うらしいから、そう思って見るとカラスもなかなかカワイイです。




June 3 「藤沢市展」


我がアトリエのSさんが秀作賞に輝いた絵を見に藤沢市展へ行きました。絵は描き始めから終わりまで数ヶ月間ずっとアトリエで見守ってきたので誰よりも良く知っていますが、その絵が展覧会場に並んだ時 どう見えるかが知りたかったのです。第61回目の藤沢市展会場には488点の作品が展示されていました。

美術の部では油絵が多い中、デッサンは少数派ですがモノトーンの作品を並べてくれていたのでSさんの鉛筆画は 見やすい展示になっていました。
作品的には身内贔屓じゃないけど、五大賞受賞作品と比較してもダントツに良かったです。
100号クラスの大作が並ぶ中、Sさんの絵はたったのB3サイズ。しかしこの密度、一枚の絵で何枚もの絵を描ききったピカソのように上書き、また上書き、(上書きしても下の絵は消えません)紙の限界、鉛筆の限界まで描いて描いてなんと200時間!!この21世紀に・・・です。これだけでも感動もの。

「転換の契機」と題された真黒な絵は重いテーマとは裏腹に実に美しい。これほど描き込んでも鉛筆の色の美しさを保った絵をわたしは知らない。真摯に自分と向き合い黙々と描き続ける。誰かが「修行僧のよう」と言ってたっけ。。。

クリックすると作品のアップを見ることが出来ます。


May 24 「雨」

薄暗く肌寒い雨の日は憂鬱な気分。レインコートを着て長靴を履き「よしっ!」と自分に喝を入れて入れてドアを開ける。そう、そんな日は出かけるに限る。朝の散歩はダンのおかげで習慣になっている。誰も居ない森林公園、空気が気持ちよい。やっぱり来てよかったと思う。雨の日は緑が濃くて陰が深く瑞々しい。たった一本の大きなアブラスギは黒々と聳え、大きなマツぼっくり(スギボックリ?)を濡れた地面に転がしている。
池には「久しぶりだねアオサギ君!」フナでも狙っているのか雨にぬれながら時折スローモーションで移動したり、ほとんどはじっと立っている。「この静かな時間を君と共有できてうれしいよ。」公園を一巡りして梅林の上の丘に来れば、びしょびしょのカンタ君が「コンニチハ」とやってくる。「タマコはきっとヒナの世話でいそがしいんだね」

消防署側の出口近くハナミズキが真っ白に浮き上がってとてもきれいでした。


May 16 「映画」


悲しみのミルク」を見た。予備知識はなかったけれどスチール写真が良かったので。ペルーの映画というのも初めて。
冒頭、ベッドに横たわる老婆が内戦中に夫が殺戮され自身が陵辱された悲しみを歌うシーンから始まる。
その歌を繰り返し聴いて育った娘のファウスタは、同じことが自分にも起きるのではないかという恐れから心を閉ざし、一人で出歩くことも出来なくなってしまう。

母が亡くなり、貧しさから故郷の村に埋葬することが出来ないのでその費用を稼ぐため裕福な白人の家のメイドとなる。
心を歌でしか表現できないファウスタが即興で口ずさむ歌を聴き、作曲に行き詰っていたピアニストの女主人は、真珠と引き換えに歌うことを促す。
彼女の歌った「人魚の歌」はリサイタルで女主人の作品として好評を得るが・・・。

映画は内戦の傷跡や貧富の差、心に傷を持つ少女の内面を深く掘り下げながら、度々挿入される結婚式のシーンでは貧しさの中、超明るく生きる人々が描かれている。

古い映画を見るような落ち着きと美しさがあり、ファウスタの歌う土俗的で神秘的な歌と結婚式で繰り広げられるラテン系のポップな音楽との対比も面白かった。

脚本・監督クラウディオ・リョサ、撮影監督ナターシャ・ブレイア、美術監督パトリシア・ブエノなど主に女性の活躍がめざましいですね。。
才能ある女性たちに乾杯!。



May 7 「木」


一人で散歩するようになってから色んな道を歩きます。ここもお気に入りの道のひとつ。森林公園の裏側から根岸へ降りる道。急な階段で山を降りる途中、高い木々が日陰を作って、樹間からは根岸湾が見えます。身近な場所で山気分!
中腹にエックス状に合体して其々が見上げるように高く伸びた木があり、何ていう名前の木だろうか、どうしてこんな風にくっついたんだろうかとか考えながら。。。
これは森林公園の林の中、二本のタブの木。力強く四方に枝を伸ばし、公園中でも一番立派!あまり人が通らない場所なので知らない人が多いかも。タブの木で有名なのは、現在シルクセンターの近くにある横浜開講資料館の庭にあるもので、ペリーが黒船でやってきて日米通商条約を結んだ時の絵が残っていますが、当時の横浜村の浜辺にあったタブの木の何代目かだそうです。この絵の中のタブの木は立派ですね。横浜開港の歴史の生き証人と言うわけです。古くからタブは「霊グス」とも言われ、魂が宿るとされています。樹皮は八丈島に伝わる「黄八丈」の染料ともなり深く美しい樺色が特徴です。木や草はそれぞれ染料や薬として私たちの生活に欠かせないものです。
夏には涼しい緑のカーテンになってくれるしね・・・



April 10 「奉納」

4月10日、広吉先生の絵を奉納する日です。我が家では数日前から緊張していました。無事奉納できますようにと。。。


絵に紐をかけて準備
当初の予定で絵を担いでもらうメインメンバーにしていたSさんが暫く行方不明になり、一度は予定をキャンセルしていましたが、3週間ぶりに突然帰ってきたので急遽決行することになり、準備もあわただしくこの日を迎えたのでした。

神社側とのやりとり、車の手配、人員の確保など数日で決め、何はともあれ「案ずるより産むが安し」と出発しました。


広吉先生は絵を運んでくれる車に同乗。 mせんせいは車が小さくて乗れないので男子二人とアトリエで待ち合わせ電車で、その他担ぐメインの3名、ビデオ、カメラなど記録班は電車でと決まり、11時に大山阿夫利神社社務局にて集合と言うことになりました。

そのほかに広吉先生が所属している東京作家クラブの会長O氏、元TBS企画プロデューサー・ドキュメンタリー作家のT氏、中村順二美術館の館長N氏など錚々たるメンバーが随行。
緊張と期待感に皆高揚していました。


社務局で絵に紐をかけて準備をしました。
大きい扉絵は二人で担ぐことにして、40号と15号はそれぞれ一人で背中にくくりつけての出発です。

大山は阿夫利神社のほか49のお寺がある民間信仰の山で、関東総本山です。歴史も古く縄文時代の土器から祭りに使われたものも多く出土しているようです。

山に登ると清浄な空気に身が清まるような気がします。一行は総勢14人、絵を見えるように箱をはずし担いでいるので、参拝や登山の人たち、土産物店の人たちが声をかけてきます。

「奉納ですか」
「すごい絵ですね」
何だか嬉しくなってきました。みやげ物店が両側にある階段の多い道、山道、険しい石段の
道、担ぐ若者は汗びっしょりになりながら何度も休憩。

ケーブルカーで登るところを「女坂」から徒歩で登ることにしたのですが、これが女坂なら男坂は一体どうなるんだろうと言うくらいの大きな石で階段状の急勾配。

絵をこすらないように後ろの人が天秤棒を持ち上げながら進みました。何度もジグザグに曲がる山道。
きっと男坂は曲がらず真直ぐ登るんだろうなと想像するだけで大変さが良くわかります。「女」が付くからといってなめてはいけませんね。

11時半出発で4時間くらいかかってやっと神社にたどり着きました。神社では神主さんや若い神官さんたちがいまや遅しと出迎えてくれました。

一行はそのまま神前に進み、広吉先生を真ん中に一列に並び参拝。その後社殿の中に導き入れられ、絵を解き拝殿へと案内されました。

厳かな拝殿に広吉先生の絵「青龍」「躍進」「飛山」の3点が並べられ、全員がお祓いを受けました。
神主さんの祝詞(のりと)は素晴らしい絵が奉納されたこと、みなさんの躍進をねがうこと、など朗々とした響きの美しいお声でした。

すっかり皆感動してこの貴重な体験を感謝したのでした。大役が見事果たされたのでみなほっとして、神主さんも交えて下の茶店で大山の地酒やビールで乾杯しました。

そのお酒の美味しかったこと・・・・・・。

いざ出発

急な坂道

しばし休憩

これが女坂だって?

難所ばかり

やっと神社に着いた

きれいな拝殿に絵を並べました


April 7 「アトリエ展」3月25日〜27日

東日本大震災のあとだけに様々な心配・自粛を考える向きもありましたが、何ヶ月も前から準備していた「アトリエ展」を開催出来て本当に良かったと思います。
お忙しい中お越しいただいた方々、協力してくれた生徒さん、ダンボールを提供してくださったり、ポスターを貼らせてくださった商店街の皆様に感謝します。
やってよかったことは子どもたちの笑顔に象徴されていました。
ありがとうございました。
ダンボールで創った動物たちと家→

   
ワニの製作中                                   すてきなおうちにしようね


       
いざジャングルへ!                                力のこもったデッサンの共演

          
お疲れ様でした。乾杯!                                      人気者のキリン

Fanuary 20 「梅林の道」


ダンとよく歩いた梅林から丘の上に出る道。道の右側には木苺やススキ、葛などが無造作だけれどある秩序を持って密生していて、良く木苺を摘んで食べたり、ススキを取って生けたりした。道の左上と右手前には椿の木が数本あって、早い朝のまだ暗い木立の中、散り敷く真っ赤な花弁は茂みの裾を美しく飾っていた。

そんな思いをすべて蹴っ飛ばしてぴかぴかの道が出来たのは2月に入ってすぐのこと。昨年、「チャドクガ」と「ヤドリギ」が発生したためと称してこの辺の椿は全部伐られ、関係ないモチノキやその他数本の大きな木も伐られ、まるはだかになってしまったのです。

数本の新しい梅の木は植えられたものの、永年かかって出来上がった植生はすっかり失われてしまいました。
通りすがりの人に「きれいになりましたね」とご挨拶されると複雑な気持ちで「ええ」と返事を返すけど・・・
下の梅林の中はこのようなぴかぴかの遊歩道が貫かれ、四阿(あずまや)など、いかにも、といった風にこしらえられ、どこにでもあるつまらない公園になってしまったのです。



Fanuary 9 「白梅」


       あるじなき 庭に小梅の つぼみかな


ダンが遠いところへ行ってしまってから一年が経ちました。昨年は植えたばかりの梅の木にたった一輪の白い花が咲いたので、ダンが最後に掘った穴に骨の一部を埋めて梅を植えようと思っていましたが、その場所は子どもたちが遊んだり、アトリエ展のときのワークショップで邪魔になるのでやめました。
その白梅が今年はかわいい小さな蕾をたくさんつけました。 今は石畳の道をはさんで紅梅と向き合うように植えようと思っています。命日の今日、ダンと歩いた道を一人で歩いてきました。

Fanuary 2 「Fさん」


インディゴにターコイズブルーを落としたような透明な空に月と明星の美しいこと。冷たく張り詰めた空気は宮沢賢治がのみ干したものとは違うのだろうが、、飲み干してみると私なりにその感じを理解できて、胸の中に清涼なブルーを閉じ込めたような・・・。
そこで一句。

       つきほしを 分けて飛び立つ あさがらす

ちっとも上手くなりませんね。5年ぶりくらいでしょうか、5年に一作創ったってねえ。。。

昨日近所の年配のご婦人にぱったり会って、「まだ俳句やってらっしゃるんですか」と聞いたら続いているとの由。もう82歳になられるのにえらいなあ。
ご主人は機動隊の隊長をしていて、退職してから亡くなるまでの十数年絵を習いに来ていた。Fさんと言う。

その頃は隣のワンルームマンションもなく、空き地だったので地主さんに断って畑を作っていた。トマトやきゅうりのほか、大根やトウモロコシ、枝豆など。。。
立派なものは出来ないけど、新鮮なのが美味しさの第一条件みたいなものだから、結構楽しめた。ワンルームマンションが出来てからは庭の中に少し作ったりした。

その畑を良く面倒見てくれたのがFさんで、野菜の作り方も教えてくれた。Fさんは家で育てた見事な百合の鉢を咲き始めると持ってきては、咲き終わると引き取りに来てくれる。あるとき、月下美人という一晩だけしか咲かない貴重な鉢植えを「今晩咲くからどうぞ」と持ってきてくれたので、アトリエのみんなで鑑賞した。
アトリエで一番長いyoukoさんと同級生。youkoさんもかれこれ25,6年になる。
アトリエに歴史あり・・・だ。


January22 「出版記念パーティ」

会場にかざられた花
美大を卒業してすぐ入社したのは「ART PUBLICITY CORPORATION」(略してAPC)というTVCMを企画制作する会社で、当時としては最大手の博報堂や電通などの広告代理店と並び5指に入ると社長の次に偉いプロデューサーに説明され入社。油画科を出たばかりで右も左も分からない新卒の女の子を指導し鍛えてくれた。

後にも先にも花のOL(?)だったのはこのときだけ。中学校の美術の先生も非常勤だったし、先生ってOLじゃないし。。。

APCでの仕事は主に絵コンテ(企画のイメージやストーリィを分かりやすく絵にする)で企画にも参加させてもらっていた。たまに製作現場にも行って撮影に立ち会ったり、フィルムの編集や音入れのスタジオにも行き、有名タレントさんなども間近で見たりした。

会社のOB会が2,3年置きにあって、当時の上司や可愛がってくれた先輩たちに会うのが楽しみで参加している。今回のOB会はその時の社長が会社の創立50周年記念行事として著書「THE EFFECTIVE TELEVISION ADVERTISING IN AMERICA 50 YEARS」を上梓したのをお祝いする会をかねているのだ。

云わば先駆者アメリカTVCMの50年史で、1000ページ以上の大作。このため社長は数万本のTVCMの中から苦労して700本の効果的なCMを選び、5年の歳月を要し、限定100部でアドバタイザーの経営者の方々に謹呈したという報告があった。数万本のアメリカのTVCFを収集保存していたのもすごい!

起業当時の苦労話なども初めて耳にし、30代の若い社長が起業仲間やお金にまつわるトラブル、困難を乗り越えて発展してきた経緯を興味深く聞きました。10年前にAPCは社長の息子さんにより「BBメディア」に引き継いで、いまや業界でも花形の成長企業に躍進しているのはうれしいです。



January19 「ともだちの木・その2」

小さな赤い実をたわわに実らせたクロガネモチの木にはツグミやムクドリなどたくさんの鳥たちが毎日忙しそうに出入りして、花や実の少ないこの季節の格好の食卓となって彼らの胃袋を充たしています。
実のなる木はありがたいと思っていた矢先、いつものようにその公園に行くとなんだか様子が違う。さっぱり剪定され、実はおろか葉も一枚も残っていないのだ。

私以上にがっかりしているのは鳥だろう。たぶん実が落ちて公園を汚すために伐ったのだ。何故もうちょっとだけ鳥のために待ってやれないかなぁ。森の熊や猪は木の実が不作の年は村の畑の作物を食べに来て、居合わせた人が襲われたりして物議を醸している。もちろん開発による食糧不足が最大の理由だけど小鳥たちはただ黙って数を減らすだけなんだろうな。先住権は彼らにあるし、熊や小鳥の住めないところは本当は人間も住めないのにね。

そういえば昨年森林公園の「やまもも」がいっぱい実をつけていたので、ジャムにでもしてみようかなと思っていた矢先に道を汚すからという理由でバッサリやられてしまったのを思い出した。
テウチグルミ    ギンナン
また、「テウチグルミ」を提げて歩いている時に声をかけてきたおじさんトリオも「大芝台公園に大きなクルミの木があるけどさぁ、実のなるころに採りに行ったら枝を全部伐られちゃって・・・」と話していたので、その公園を捜して観に行ったことがある。確かに胡桃の樹は丸坊主だった。

実を採りに来た人が樹から落ちると危ないからという理由で伐るらしいけれど、余計なお世話だ。樹から落ちても行政に文句を言う人はあるまい。むしろこの街なかに貴重な樹だとは思わないのだろうか。
本物の胡桃がなっている樹なんてわたしも見たいよ!!

大芝台公園もマンションにや住宅に囲まれたちいさな公園ですが、大きなケヤキがあり歴史を感じます。アトリエの庭の栗の木も各年にサンパツしてもらっていますが、どっこい、実を全部いただいてから、年明けて葉が全部落ちたときにやっています。

栗の木
赤い実のあった公園、「くろがねもちの木公園」とでも名付ければいいのかなぁ。もう少し木を大切にしてくれるかも。「山元町五丁目公園」では寂しすぎるよね。


January16  「ともだちの木」

一人で散歩するようになってから、毎朝歩いているのに道の反対側にあるちっぽけな公園に一度も立ち寄ったことがないのに気がついた。
森林公園の帰り道、ダンやハナちゃんと一緒に立派なマンションの広い前庭ばかり通っていたので、道路を渡ってまで行くほどの広さもないし、さしたる魅力もないし、その辺りまで来るともう家に帰ることが最大の目的になっているのだから無理もない。

ところが、ふと立ち寄ってみると真っ赤な小さい実をどっさり実らせたかわいい木が7本もある。調べてみると「クロガネモチ」らしい。それ以来「赤い鳥小鳥 なぜなぜ赤い 赤い実を食べた・・・」と歌わないけど、赤い実を見るのが楽しみで寄り道をする。
そういえば、公園のフェンス外周の米軍宿舎跡の空き地に紫色の小さな実がなる木も何本かあって、これも調べたら「トウネズミモチ」という。どっちもモチの木だ。ちなみに「モチモチの木」というお話があるが、それはトチの木のことらしい。

あまり人が行かないこの空き地には「テウチグルミ」の木もあり、ダイナミックにスクスク伸びた黒松もあり、新たに出来た「ともだちの木」たちに会いに行くのが楽しみです。

「ともだちの木」といえば、のぞえ君が描いたマンガが有名ですが(あくまでアトリエ内です)あの少年は青年になってともだちの木に逢いに行ったら、たくさんの木の中から友だちの木を探せなかったんだよね。
ところがそれから40年の歳月が流れ、平穏な人生を過ごし、会社も退職、先だって奥さんにも先立たれた。子どもがいなかった元少年はたった一人ぽっちになった時、ふと思い出してともだちの木に逢いに行った。そしたら今度はやっと巡り会えたんだよ。
たくさんの木の中からどうやって探せたか・・・それはそれぞれが考えてほしい。

それからというもの毎朝5時半になるとその木に逢いに行くんだ。そしてその木に向き合って木の肌に左手をついたり、突いたりしながら無言でお話しているんだ。ホントだよ。

嘘だと思うなら、森林公園に入ってすぐの銀杏の林を抜けて、ケヤキの林に行ってごらん。毎朝同じ木の下に彼の姿を見つけることが出来るから。

のぞえくん、ホントだよ。

          *のぞえしょうや作「ともだちの木」を読みたい人はアトリエまで。




January13  「里帰り」

美佳子さんとAYAさんが一年ぶりに来訪。来る時は二人セットですね、なかよしです。
ロンドンで描いたクロッキーを皆で見ました。人物の内面までも感じさせる個性的な表現。学生時代から変わらない興味と探究心には敬服、描き続けているのは偉いなぁと思います。
勉強になるからと置いといてもらったクロッキーをアトリエの皆にも見せました。ヌードクロッキーのあとなので、勉強中の皆には観察眼や表現力とはどういうものか感じてもらえたようです。
帰国2日前にクロッキーを取りに来た美佳子さんとAYAさん、来合わせたyoriさんとerikaちゃん、なかなか珍しい取り合わせで ワインのグラスを傾け楽しい時間を持ちました。


January6  「新年」

青空に舞い上がる凧!今年はこのように行きたいものです。
あけましておめでとうございます。皆様年賀状ありがとうございました!
今年こそは・・・と早めに印刷に取り掛かったのに買って2ヶ月しかたっていない有名某社のプリンターに紙詰まり、暮れに修理することになりました。
性能機能はすごく上がっているのにどこかひ弱な家電たち。拝啓メーカー様、わたしのようにアバウトで機械オンチの人間でも言うことを聞く家電を作ってください。

4日には早速「書初め講習」で小学生が「白いはと」「元気な子」「元旦」など元気いっぱいの毛筆をふるいました。
8日(土)は大人の講習です。奮って参加してください。正月に墨の匂い、いいもんです。9日(日)はヌードクロッキー!久しぶりにロンドンから里帰り中の美佳子さんも顔を見せてくれるので楽しみ♪ ロンドンで描いた絵も持ってくるそうなのでそれも楽しみです。



2010年の日記へ
 


過去の絵日記
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004

 
DANDANぼーど
みんなの掲示板





HOME 一般絵画コース | 子どものアトリエ | 芸・美大受験 | 特修コース | アクセス・地図 | お問い合わせ DANDANぼーど | リンク|
Copyright YAMATE Art Seminer All rights reserved